日本の水産資源の現状を、世界と比較する

世界と比べて、日本の水産資源がどのような状況にあるのかを、「The status of Japanese fisheries relative to fisheries around the world」という論文を参考にしながら説明します。『著者名(出版年)』で文献を表すのが通例なので、「Ichinokawa et al(2017)」と記載することもあります。
Ichinokawa et al(2017)には専門用語がしばしば出てくるので、なじみのない方にとってはやや難しく感じられるかもしれません。用語の解説などを補足して、多くの方に水産資源管理に興味を持っていただくことを目的として、この記事を書きました。

なお、上記論文においては、調査対象となった資源の半分以上が、乱獲の状態にあると示されています。

上記論文は、無料で、だれでも読むことができます。
Ichinokawa, M., Okamura, H., and Kurota, H. The status of Japanese fisheries relative to fisheries around the world. – ICES Journal ofMarine Science, 74: 1277–1287.
水産資源管理に興味のある方、日本の水産資源について論じてみたいという方は、こんなつまらないWebの記事なんか読んでないで、原著論文を参照いただければと思います。

なお、この記事はすべて、このブログの管理人が、あくまでも個人で執筆したものです。
気を付けて書いたつもりですが、万が一誤りなどありましたら、ご連絡いただけますと幸いです。

2019年5月4日追記
論文の著者の方からコメントがありました。以下のURLからMSYに基づく資源管理の現状を知ることができるようです(外部リンクです)。
こちらも併せて参照いただければ幸いです。
管理目標を見据えた我が国の新しい資源評価と管理 



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目次

  1. 資源状態の「比較」は意外と難しい
    1. なぜ難しいのか
    2. 用語:漁獲量・資源量
    3. 用語:系群
  2. MSYに基づく資源管理と資源の評価
    1. MSYとは
    2. MSYが達成されているときのバイオマス:BMSY
    3. MSYが達成されているときの漁獲割合:UMSY
    4. MSYをどうやって求めるか
  3. 漁獲可能量TAC
  4. 日本の水産資源の現状と、世界との比較
  5. 水産資源管理のことを知りたいと思ったら

 

1.資源状態の「比較」は意外と難しい

なぜ難しいのか

日本では、スケトウダラやマイワシなど様々な魚が漁獲され、食卓に並びます。
しかし、大切なことですが「魚」という名前の魚はいません。

日本の水産資源は、乱獲が起こって大変なことになっているんじゃないのか、という指摘はSNSやニュースなどで頻繁に目にします。世界に比べて日本の水産資源管理は遅れているという指摘もしばしばです。こういった問題意識を持つことは大切だと思いますし、こういった意見が社会を良い方向に変えていくこともあるかと思います。

ところで「水産資源」って何者なんでしょうか。スルメイカですか、マアジですか、マサバですかゴマサバですか、あるいはキアンコウかもしれない。
マイワシの資源水準と、キアンコウの資源水準は、どのように比較すればよいでしょうか。マイワシの方がたくさんいるように思われますが、それではマイワシの方が資源状態が良くて、キアンコウは資源状態が悪いのでしょうか。
たとえ人間が一尾も漁獲しなかったとしても、キアンコウとマイワシだと、マイワシの方がたくさんいると思うんですよね。資源の量だけを比較して、この魚はたくさんいる、この魚は取りすぎだ、という議論はできないわけです。

「乱獲」という状態を理解するのは、意外と大変です。
マアジを15万トン漁獲するのは乱獲でしょうか。20万トンではどうでしょう。21万3423トンでは?
マアジは10万トンとっても大丈夫かもしれないけれども、例えばヒラメを10万トンとったら乱獲状態と言えそうな気がします(平成29年実績は7084トン)。

最後に「世界」と「日本」はどうやって比べましょうか。
スルメイカの漁獲量で世界と日本を対決させる、という比較方法ではなんだかダメそうな気がします。モンゴルと比べて日本の方が漁獲量が多いと自慢してもダメでしょう(モンゴルに海はない)。
それに「漁獲量」の比較をして、たくさん獲れている国が資源が豊富な国、という見方はできません。例えば、イワシを一匹残さず根絶やしにする覚悟で漁獲したら、漁獲量が増えるでしょうが、これで「資源が豊富な国になった」とみなすのには無理があります。

水産資源管理の文献は、専門用語のオンパレードでなかなか読みづらいかもしれません。でも、それには理由があるんですね。
国ごとの総漁獲量といった単純な指標で、水産資源の現状を評価・比較するのには無理がある。このことだけでも理解いただけると幸いです。

 

用語:漁獲量・資源量

漁獲量は、文字通り漁獲された魚の重量です。これは統計データを見ればすぐにわかります。

資源量は、漁獲対象となる資源の重量です。これはすぐにはわかりません。計算をして求めることになります。
どのようにして求めるか、ということは、専門的に過ぎるのでここでは記しません。記事の最後に挙げた資料を参照してください。

重量ではなく、尾数で換算されることもあります。

 

用語:系群

資源という言葉は断りなく使っていますが、少し注意を述べておきます。

多くの場合、水産資源は「系群」という単位で扱われます。系群は、平たく言うと「魚種別・場所別」の資源のことだと思ってください。厳密には場所ではなく、遺伝的な交流などを加味して分けられます。
例えば、同じマイワシでも、太平洋側にいる奴と、日本海側にいる奴は別物扱いになるわけです。前者は太平洋系群、後者は対馬暖流系群と呼ばれています。

 

2.MSYに基づく資源管理と資源の評価

MSYとは

MSYはMaximum Sustainable Yieldの略で、最大持続生産量(最大持続漁獲量)と訳されます。
平たく言うと「資源量を減らすことなしに(持続的に)、たくさん魚を獲る(最大生産を達成する)」ことができる、漁獲量のことです。

水産資源(魚類に限らず、スルメイカやズワイガニなども含む)は、卵を産んで、勝手に増えていきます。
ただし、卵を産むためには、親が必要です。親を獲り尽くしてしまっては、子供は生まれません。
そこで、水産資源の「獲り過ぎ」を防ぐ必要があるわけです。

逆に、海の中に魚がたくさんいても、一尾も漁獲しなかったならば、私たちは全く魚が食べられません。
「獲らなさ過ぎ」ということもあるわけです。

獲り過ぎでもなく、獲らなさ過ぎでもない、ちょうどよい漁獲量をMSYといいます。

MSYが達成できている時を「良い状態」だと考えれば良さそうです。
MSYから離れた漁獲量になっていれば、何らかの問題があるのでしょう。
MSYをどのようにして計算するか、というのは、難しい問題ですが、これは後ほど少し補足します。まずは、MSYの計算ができていることを前提として進めます。

とは言え、まだ考えなくてはいけない事柄があります。
MSYは漁獲量であることに注意が必要です。
例えば、ある資源において、MSYよりも少ない漁獲量だったとします。
この時、2通りの資源状態がありえます。
1.乱獲を防ぐために、あえて「やろうと思えば獲れる量」よりも控えめな漁獲をしている
2.すでに乱獲が起こっていて、資源量が少ないため、漁獲量も少ない

前者ならばよいですが、後者ならば大変です。
そこで、Ichinokawa et al(2017)では、以下の2つの指標が使われています。

  • BMSY
  • UMSY

 

MSYが達成されているときのバイオマスBMSY

Bはバイオマスの略です。バイオマスは生物資源の量です。水産の場合、Bと書けば資源重量を指すことが普通です。
100gの魚が1尾と、200gの魚が2尾いたら、100+200×2=500gがバイオマスです。

BMSYは、MSYが達成されているときの資源重量のことだといえます。
もしも、「実際に海の中にいる資源量」がBMSYを大きく下回っているならば、この資源は「乱獲された後」ということがわかります。

 

MSYが達成されているときの漁獲割合UMSY

Uは漁獲割合、すなわち「バイオマスに占める、漁獲重量の割合」です。
500gのバイオマスがあって、そこから100gの魚を1尾捕まえる(漁獲重量は100g)と、Uは0.2となります。

UMSYは、MSYが達成されているときの漁獲割合のことだといえます。
もしも、「実際の漁獲割合」がUMSYを大きく上回っているならば、この資源は「乱獲されているところ」ということがわかります。

BMSYとUMSYとで、時間に差があるんですね。
バイオマスの減少は「乱獲が起こった後」に発生します。
漁獲割合の増加は「今現在、乱獲中」ということです。

実際のバイオマスとBMSYの比すなわち\( B/B_{MSY} \)をとって、これが0.5を下回っているときに「乱獲」とIchinokawa et al(2017)では定義されています。
実際の漁獲割合とUMSYの比すなわち\( U/U_{MSY} \)をとって、これが1を上回っているときに「乱獲」と定義されています。

\( B/B_{MSY} \)も\( U/U_{MSY} \)もともに、直近3年間の幾何平均をとって「現状の評価」を行ったようです。

 

MSYをどうやって求めるか

論文においては『S-R relationship』という言葉が大量に出てきます。
これは、親の魚のバイオマスと、加入量の関係を表したものです。再生産関係とも言います。
Sは産卵親魚量(Spawning Stock Biomas)の略で、成熟個体の重量を指します。
Rは加入量(Recruitment)の略です。

加入というのは専門用語です。
皆さんタラコって食べたことありますか。スケトウダラの卵なんですが、大変小さいです。生まれたばかりの魚もやはりとても小さい。
小さすぎる魚は、網を投げても引っかからないので、漁獲対象資源ではありません。
加入とは、魚が網にかかるくらいにまでは大きくなって、漁場まで移動してきて、「まだ獲れなかった魚」が漁獲対象資源となることを意味します。

S-R関係の理解は、資源管理において、とても重要なトピックです。
S-R関係がわかっていれば「親の魚を○○トン取り残していれば、加入量が××になるな」と、推測できるようになるからです。
どれくらいの親を獲り残せば、安定した加入量が見込めるのかがわかるようになるのです。

「獲り残しておくべき資源量」を計算できれば、「獲り過ぎでもなく、獲らなさ過ぎでもない、ちょうどよい漁獲量」すなわちMSYがわかりそうです。

しかし、ここで大きな問題があります。S-R関係がわかっている魚種がほとんどいないんですね。
Ichinokawa et al(2017)では3タイプのS-R関係を想定して、3通りのMSY(そしてがBMSYとUMSY)を求めています。
どれが正しいS-R関係なのかは難しい問題ですが、3つで計算して比較して、それほど大きな変化がないことは、論文の中で確認済みとなっているようです。

3つのS-R関係は、各々HS、BH、RIという略称で示されています。
これらがどのような計算式なのかは、専門的な話題になるのでここでは触れません。論文を読むか、この記事の最後に挙げた文献などを参照してください。

なお、S-R関係を直接は仮定しないでMSYを求める方法もあり、こちらも併用されているようですが、ここでは触れません。用語だけ記しておくと、余剰生産モデルと呼ばれるものになります。



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3.漁獲可能量TAC

TACとはTotal Allowable Catchの略で漁獲可能量と訳されます。
名前の通り「漁獲していい重量」のことですね。

TACが指定されている魚種は、2019年3月現在あまり多くありませんが、これから範囲が拡大される予定だそうです。

現状のTACにはいくつかの問題が指摘されています。
例えば過去には、「獲りきることができない」と思われるくらいに大きなTACが設定されていることもありました。これでは事実上獲り放題ですので「漁獲量の制限」としての意味がありません。

 

4.日本の水産資源の現状と、世界との比較

ここから資源評価の結果になります。

\( B/B_{MSY} < 0.5 \)すなわち「乱獲後」の資源であったり、\( U/U_{MSY} > 1 \)すなわち「乱獲中」の資源であったりする割合は、調査対象となった資源の半分以上となっていました。
しかし、これは改善傾向にあるようです。

下記のリンクをたどると、\( B/B_{MSY}\)と\( U/U_{MSY} \)の時系列変化のグラフがみられます。1つのグラフにつき3本の線が引かれていますが、これは3種類のS-R関係ごとに結果を記載したためです。S-R関係が変わっても、全体の傾向は変わらないようです。
https://academic.oup.com/view-large/figure/87898217/fsx002f3.tif
上記のグラフを見ると、1997年を境にして\( B/B_{MSY} \)は少しずつ増加していき、\( U/U_{MSY} \)は減少しています。
資源量が増えて、漁獲割合も減ってきていることがうかがえます。

下記のリンクをたどると、日本の資源状態と世界の資源状態の比較結果のグラフがみられます。
https://academic.oup.com/view-large/figure/87898222/fsx002f5.tif
これを見ると、日本の水産資源は、世界と比べて、(BMSYに占める)資源量が少なく、(UMSYと比べた)漁獲割合が高いことがわかります。
大変良くない結果ですが、先のグラフではTAC対象魚種とそうでないものを分けて図示しています。これを見ると、TAC対象魚種の方がかなりマシな結果になっていることがわかります。
いろいろと問題が指摘されているTACですが、漁業者の自主管理と比べると、成果を上げているようです。

以上で、Ichinokawa et al(2017)の紹介を終わります。
この記事で扱っていないトピックも、上記論文にはあります(線形混合モデルを用いた分析の結果など)。
興味を持たれた方は、是非、原著論文を実際に読んでみてください。

Ichinokawa, M., Okamura, H., and Kurota, H. The status of Japanese fisheries relative to fisheries around the world. – ICES Journal ofMarine Science, 74: 1277–1287.

 

5.水産資源管理のことを知りたいと思ったら

あくまでも個人の意見ですが「日本の水産資源管理は酷い、ダメダメだ」と言い続けても、なかなか問題は解決しないように思います。どう改善するのか、という議論を進めることが、建設的ではないのかな、と思います。
でも、水産資源管理について一家言持ちたいと思っても、専門的な文献を読んだら、専門用語ばかりでつらい、というところはあるかもしれません。
まずは知るところから始めてみてはいかがでしょう。

少々淡白な説明ですが、用語集は以下のリンクから参照できます。
資源評価・資源管理の用語

 
日本の水産資源の現状を知りたいと思ったら、まずは以下のサイトを見ましょう。必見!!
とりあえず「平成○○年度資源評価ダイジェスト版」のリンクをたどって、興味のある魚の資源状態を見てみましょう。細かいところは難しいですが、資源量の推移のグラフを見るだけでもわかることはあります。
我が国周辺の水産資源の現状を知るために

国際漁業資源はこちらです。
国際漁業資源の現況

 
TAC対象魚種を漁獲量ベースで8割にまで拡大させることが(2019年3月時点で)検討されているようです。
これらも含めて、漁業法が変わります。『漁業法等の一部を改正する等の法律』が2018年12月14日に公布されました。
興味のある方は、以下のリンク先を参照してください。『水産政策の改革のポイント』というPDFを見るだけでも、何を目指しているのかが多少はわかるかと思います。
水産政策の改革について|水産庁

TACは、(現状では効果があったとしても)存在するだけで効果があるわけではありません。TACと実際の漁獲量が乖離していないか、などに注意を向け続ける必要があるかと思います。

 
MSYに基づく資源管理を行うことは大切なことだと思います。しかしMSYは万能ではありません。様々な問題点が指摘されています。
水産資源管理に関する詳しい内容を知りたい方は、以下のPDFを参照してください。東京海洋大学の先生が、1冊の書籍と同じ分量を無料で公開してくださっています。
水産資源管理学-水産資源の持続的利用とその管理-



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更新履歴
2019年03月19日:新規作成
2019年05月04日:MSYによる資源管理に関するシンポジウムのリンクを追加

日本の水産資源の現状を、世界と比較する” に対して2件のコメントがあります。

  1. Momoko Ichinokawa より:

    こんにちは、こちらのサイト、いつも拝見させて頂いております。
    今回はうちのグループの研究成果を分かりやすく解説して頂き、どうもありがとうございます!

    MSYという考え方の理論的・実際的な議論はまだこれからも続くと思いますが、そのような議論を通じて、日本の水産資源管理においてどのような目標が必要なのか、また、そのためにはどのような科学的サポートが必要なのかを考えていくことが大事と考えています。

    管理目標やMSYについては、我々が主催したシンポジウムの内容が月刊「海洋」の特集号としてまとめられています。以下のサイトでは全文をPDFで閲覧・ダウンロード可能ですので、こちらもぜひ参考にしていただければと思います。
    http://cse.fra.affrc.go.jp/ichimomo/MSY.html

    1. 馬場真哉 より:

      Ichinokawa様

      コメントありがとうございます。
      管理人の馬場です。

      当サイトをご覧いただいているということで、大変恐縮です。
      MSYに関する議論は、当方としても、大変興味深く思っております。

      参考資料に関しても、ありがとうございます。
      当サイトやSNSなどでも紹介させていただきます。

      今後ともよろしくお願いいたします。

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