乱獲の理解ーヒルボーンの「乱獲 漁業資源の今とこれから」を読んでー

漁業資源がヤバいという記事は、日本国内だけでなく、世界中で公開されているようです。
一方で、漁業資源への乱獲の圧力はそこまで厳しくないという意見や、漁業資源が復活した事例も多く観測されています。
SNSでもそうですが、極端な言い方だとウケがいいというところもあり(?)、「漁業資源はガチでヤバい」と「漁業資源が回復、素晴らしい」という両極端な記事がたくさん出回るのはいつの時代も、どこの場所でも同じなのかもしれません。

以前、翻訳者の方とご縁があり、「乱獲 漁業資源の今とこれから」という書籍(以下、乱獲本と記載)をいただきました。こちらの本は(もちろん完ぺきな公平性というものはあり得ないと思いますが)できる限り公平に、現在の漁業資源について記述しようと試みた本であるように思います。

平たく言えば、ヤバい資源もあるし、大丈夫な資源もある、良いニュースと悪いニュースの両方がある。何はともあれ、私たちはできる限り乱獲を防ぐ努力をしないといけないね、正しく努力すれば、漁業資源はもっと良い状態にできるはずだよ、という当たり前のことを書いた本だと思います。その当たり前を、しっかりとした根拠(エビデンス)を伴って、あんまり難しい計算式も使わずに説明してくれたというところに、この本の価値があるように思います。
極端な意見が書かれていないため、読んでいてアドレナリンがバーッと出る本ではありませんが、こういう地味だけど重要な知識を色々な人たちが知ることで、少しずつ社会は良くなっていくんじゃないかなと思います。

以下では乱獲本の内容を紹介しつつ、(書評というよりかはむしろ)感想を述べていきます。
先にも記しましたが、乱獲本は翻訳者の方からいただいたものであることを明記しておきます。また、この記事の内容は、当方の「個人の」感想であり、それ以上の意味は持ちません。

書籍情報

詳細は版元ドットコム様のWebページを参照してください。

著者・訳者:
 レイ・ヒルボーン・ウルライク・ヒルボーン(著)
 市野川桃子・岡村寛(訳)

発行:
 東海大学出版部

ページ数:
 176ページ

章目次:

  1. 乱獲
  2. 乱獲の歴史
  3. 漁業の回復
  4. 漁業管理の近代化
  5. 経済乱獲
  6. 気候と漁業
  7. 多魚種漁業
  8. 公海漁業
  9. 深海漁業
  10. 遊漁
  11. 小規模伝統漁業
  12. 違法漁獲
  13. 底引き網が生態系に与える影響
  14. 海洋保護区
  15. 漁獲が生態系に与える影響
  16. 乱獲の現状

各章について

章のタイトルについては目次を参照してください。基本的に、各章の最初の数ページでは章タイトルに合わせた内容が記載されています。しかし、章の後半からは、前半で解説したことに付随する(章タイトルと直接は関係のない)ことも書かれています。教科書ではなくエッセイ的なものと思って読むのがいいと思います。
なお、章の後半の付随事項に、重要な概念が解説されていることもあります。

第1~2章:乱獲についての基礎知識(20頁)

水産資源学の入門書に書かれているような、乱獲の定義や分類、そして歴史について易しく書かれています。この辺を読むだけで、ある程度、漁業資源の管理というものに対する解像度が高まると思います。
第1章では乱獲の定義について述べた後、乱獲の事例を紹介しています。
第2章ではかつての捕鯨における乱獲の歴史が紹介されています。また漁業資源の管理に欠かせない余剰生産の概念についても説明されています。

第3~5章:乱獲の防ぎ方の基本(30頁)

乱獲の定義や歴史がわかったところで、次は乱獲を防ぐ方法の話に移ります。
第3章ではアメリカのシマスズキの例を挙げて、漁業資源が回復した経緯を説明しています。漁獲量が増えすぎないようにしっかり管理すること、魚の生息地をきれいにすることという対策が功を奏した様ですね。そのうえで、気候が魚に適したものになれば、漁業資源は大きく回復する可能性があります。ちなみにここでは加入乱獲と成長乱獲という重要な用語の解説も行われています。

第4章では東ベーリング海のスケトウダラを例に挙げて、うまく行った資源管理ではどのようなことをしているのか説明しています。平たく言えば、海の中の資源量が多いならたくさん漁獲して、少ないなら漁獲量を減らすというルールを徹底しているだけなのですが、このルールを達成するためには多くの情報が必要になります。ここではオブザーバープログラムという、操業の記録をデータとしてしっかり残すやり方の重要性などが解説されています。また、うまく管理されている資源であっても、漁獲量は毎年大きく変化する可能性があったり、ほかの魚種の混獲などの問題で批判されることもあったりすると説明されています。当たり前ですが、完ぺきはないんでしょうね。

第5章では、資源が崩壊することはないものの、過当競争によって漁業者の方の経済的利益が損失されてしまう経済乱獲について、その事例と対策の方法が解説されています。漁業者の間での過当競争を減らす定番の方法がIQ制度(書籍内ではIFQと記載)です。平たく言えば、一人一人の漁師さんが、自分の取り分をあらかじめ確保しておく制度です。IQ制度があれば、ほかの人に魚を横取りされることがないので、競争せずに安心して漁ができます。乱獲本の中では、IQ制度にまつわるいろいろな制度についての解説も載っていました。

1章およそ10頁なので、ここまでで50頁くらいです。乱獲の定義について知り、乱獲を防ぐ方法についても学びました。これでこの本終わりかなという気持ちになるかもしれませんが、まだ書籍全体の半分にもたどり着いていません。
水産業ならではという感じもしますが、セオリー通り資源を管理することは難しく、無数のイレギュラー対応が必要になってくるようです。

第6~12章:様々なイレギュラー

第6章では、まず気候変動が漁業資源に与える影響について議論されています。頑張って資源管理しても、気候によって資源量は大きく変動してしまうのですね。
一所懸命に資源管理をしても、気候が原因で資源が増えなかったら悲しいし、資源管理をまじめにやろうという意欲がそがれてしまうかもしれませんね。逆に、適当に漁獲をしていても、環境が良くなったら資源が増えるという可能性も無いことは無いかもしれません。
とはいえ、個人的にはp54の「現状では、気候と乱獲の両方が漁業資源の生産性に影響を与えているということしかわかっていない。ただ、両者の相対的な重要性がどうあれ、資源が減少しているのなら、良い状態が戻ってきたときに有利になるように、十分な親魚資源量を維持しておくというのが手堅い選択ではある。」という本書の主張に同意します。

第7章では、悩ましい問題2つ目として多魚種漁業を挙げています。資源量が豊富である魚種も、資源量が少ない魚種もいるはずです。一網打尽で魚を取ってしまうと、その両方を漁獲してしまうため、資源量が少ない魚種へのプレッシャーが相対的に増してしまいます。これに対する明確な回答はないようですが、安全第一で漁獲圧を全体的に下げるしかないのかもしれませんね。

第8章では、公海と呼ばれる、どんな国からも離れた海域での漁業の話です。他人のお金で食べる焼肉はおいしいですね。自国から遠く離れた場所で乱獲しても、自分の懐は痛みません。漁業の未来について比較的楽観的な見通しを持っているこの本においても「自己の利益だけを優先するような姿勢が公海で続くかぎり、200海里外での資源管理の将来について私は悲観的なままである」とかなり暗い結論になっています。公海では寿司ネタであるクロマグロなどが漁獲されているので、日本人にとって重要な話だと思います。

第9章の章タイトルは「深海漁業」ですが、重要なポイントは場所というよりかは魚の生物学的情報でしょう。深海にすむ、寿命100年(!)の魚を対象とした漁業の事例が紹介されています。深いところにいるので、そんな長く生きることはわからなかったようで、ほかの魚と同じように漁獲をしていたら、あっという間に資源量が激減してしまったという恐ろしい話が載っています。魚の生態について調べるというのは、地味な(あるいは研究者が趣味でやっているような雰囲気を醸し出す)研究だと思われるかもしれませんが、持続的な漁業のためには、やはり生物学的情報は重要なんですね。

第10章はレクリエーションとしての釣りの話です。私が釣りをしても、小さなビニール袋の中に数匹の魚を入れて持って帰るだけで、自然環境への影響は微々たるもののように感じます。しかし、珍しい魚種を中心に釣りをするといったことをする場合などは、それなりに大きなインパクトを環境に与えるようです。遊漁対象となっている魚を放流する問題についても述べられており、単なる釣りとはいえ、いろんな問題をはらんでいることがわかります。

第11章は、日本と特に関わりが深いテーマである、小規模漁業について触れられています。第3~5章で紹介されてきた事例の多くは大規模漁業、つまり大きな船を使ってドカッと魚を獲る漁業が対象です。日本の場合、港に行けばわかりますが、ほとんどの漁船は小さいですね。小さな漁船すべてにオブザーバーを乗せるというのは、オブザーバーの人件費だけで相当な額になり、難しそうです。こういった小規模漁業での管理の工夫について紹介されています。

第12章は違法漁業についての解説です。違法な漁業による漁獲量の正確な推定は難しいようですが、意外と密漁は多く行われているのかもしれませんね。

第13~15章:漁業を超えて、海洋環境全体を考える

乱獲をして魚を獲りすぎてしまい、長期的に見たら漁獲量や漁獲高が下がってしまう、という問題を超えた、さらに大きな問題について扱ったのが、13章からとなります。
第13章では底引き網が環境を悪化させる問題について、第14章では海洋保護区を作って資源や環境を守る方法について、第15章ではより広範に漁獲が海洋の(漁獲対象種以外も含む)様々な生物に与える影響について触れられています。

第16章:まとめ

乱獲を止めるために必要なことが書かれています。ここにあるような提言をわが国に直接適用することには賛否両論あるかと思いますが、少なくとも選択肢にあがるべき重要な提案が多数含まれていると思います。乱獲本を読んで、乱獲についての知識を持ち、そのうえで乱獲を防ぐ方法について自分なりに考えてみたいですね。

日本語版前書きや訳者あとがきにもあるように、日本の漁業についての直接的な記述はほとんどありません。また、海外の方が執筆された本でもあります。
逆説的ではありますが、だからこそといいますか、ある意味で、日本の漁業について客観的に俯瞰するために最も良い本の1冊と言えるかもしれません。

なお、日本の漁業の現状について調査した論文の感想はこちらの記事に記載しています。乱獲本の翻訳者と同じ方が書かれた論文です。

乱獲本を対象とした他の資料

当ブログの管理人の感想だけで済ますにはもったいない本ですので、乱獲本を対象とした当記事以外の情報を共有します。
見つけたら、ほかの資料も追加したいと思います。

ミニシンポジウム:漁業資源の今とこれから

日本水産学会誌に載っている、ミニシンポジウムの記録のリンクです。

日本水産学会誌のWebサイト
下の方にスクロールすると、ミニシンポジウムの記録を閲覧できます。

個別のPDFへのリンクを以下に記載しておきます。

再度になりますが、本記事の内容は当方の個人的な感想であり、組織を代表する意見などではありません。

当方の認識の誤りなどあれば、コメントにてご指摘ください。

2025年07月26日:公開

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